2012年9月27日木曜日

おからさんたいたん



日本にいる時、母に
「おからさんたいたん作って」
言うたら、
「“おからの炊いたの”はね、魚の煮汁で油揚げとか入れて炊くと美味しいのよ(関東弁)。あんたも随分安上がりだわね。」
だと。
でも「それも美味しいやろけどスーパーの出来合いみたいんやつがええわっ。」と言うたら
「あら・・・そうなの。魚の煮汁で作るのが一番美味しいのに・・・」と言いながら渋々作ってくださった。
すごい美味しい。
あたしこのおからさんたいたんとごはんにゆかりっていうのが一番好きやの。

次回はその魚の煮汁で油揚げ入れてたいたんも食べてみたい。
長生きしてもらわんとね・・・。

昭和と宮島

嬉しくなるほど味があった・・・が

うちの母がいるY市。
新幹線のぞみ号が停まる駅とは思えないぐらい、何もない(歯に衣着せぬブログ)。
駅を出て10分も歩くとあたしが育った志摩もビックリしてしまうほどの日本独特の田園風景(言葉選びちゅぅw)が広がっている。
昭和の香りのする建物がそこら中に残っていて、昭和好きなフォトグラファーには垂涎の的ではないだろうか。
最初の2日は台風が来ているというのにもかかわらず、いそいそとカメラ片手に散策してみた。
なかなか味のある建物や看板が多くてシャッターを切りまくった。

で、3日目でピタリとやめてしまった。

ふと思った。
頭の中で描いている昭和には淡いノスタルジーを感じるが、これでもかと言うぐらい見せつけられるとやはりちょいと現代に帰りたい気分になるということを・・・。
昭和に撮られた写真を見るのは良いが、平成まで生き残った疲れきった昭和を見るのはなぜか心を落ち着かなくさせるもんあるということを・・・。
きっと不景気も影響しているんだろう・・・。
なんか、さびしいわびしい気分になっちゃったのよ。



そんな昭和に追われたあたしは、とっとと平成に帰ってくりゃいいのに平安時代に寄り道することにw。
外国人が行きたい日本の景勝地No.1の「安芸の宮島」へ。
あたしこれ、秋に行くと紅葉が大変美しい「秋の宮島」だとずーっと思ってたの。
Ω\ζ゜)ちーん ジュスイ・デゾレぇぇ。



いやぁ、暑かったが頑張って歩いて厳島神社を参拝させていただきました。
今清盛ブームに便乗して(失敬)盛り上がっているこの美しい神社やその辺にいる可愛い鹿のことは言及はしないものとします。
それよりも、大昔に建てられたものなのに、Y市の昭和より輝いているという点に注目してしまった。島の住民が居住している地域も常に人の目にさらされているだけあって昭和っぽいものが多いのに非常に「プレゼンタブル」なのだった。
現代になるのを拒んだのかとすら思わせる綺麗な昭和感。
絵に書いたような、ちょっと舞い戻ってみたいような憧れの昭和がまだそこら残っていた。

宮島にて・・・昭和の中で仕事していらっしゃる方

それにしても、なんじゃあの清盛ブーム(便乗)はっ。
その辺一面に松山さんの写真が貼ってある。
あぁそこんとこのmediocre(あぁ良い単語)さよ。惜しい。
世界の宮島にはもっと姉妹都市でもあるらしいモンサンミッシェルっぽくして欲しかった(行ったことないけど)。
バッキンガム宮殿にケイト・ブランチェットのポスター貼るか?っていう。

ファッションにいわゆる一つのパターンのある国である
名物あなご飯・・・アートだった♡

2012年9月24日月曜日

似て非なるものが一番遠い


日本に一週間だけ帰国していました。
おもな理由は運転免許証の書き換え。
日本の運転免許を持っていると移住後1年間はスウェーデンの免許が無試験でもらえるという特権があるのよ(日本にだけだと思う)。
スウェーデンと日本の免許が二つ同時に持てるってことなの。持っている英国の免許から書き換えるとその英国の免許証を破棄しなければならないので免許証コレクターのあたしとしては許せないこと(おほーほーほー)。
さかのぼる事3ヶ月前、通訳証明書を出してもらうためにストックホルムの日本大使館に日本の運転免許証を送付したら
「期限切れの免許証は使えません」と御丁寧に(本当に御丁寧に♡)送り返されてきました。
Ω\ζ゜)ちーん
あぁショック。
期限が切れてたことに全く気づいてなかった自分に。
またまたというのは、前々回(米国から東京に引っ越した時)もしっかり期限が切れてたので初回講習をケータイにジャラジャラいろんなものぶら下げたヤンねぇの隣で受けたのだった@鮫洲。
ちなみに外国にいて更新ができなかった場合はその証明を出すと情状酌量の余地ありなの(長期入院でできなかった場合とかも)。

今回は東京からY県に現住所を移したので彼の地での初めての更新となりました。
Y県の交通センターに住民票片手にいそいそ出掛けて行ったあたし。
ちなみにあたくし、Y県とは今まで縁もゆかりもまったくなく父の亡き後母が勝手に三重県から引っ越したのでそこに現住所があるだけという・・・。
交通センターの皆さんは非常に丁寧で判り易く手順を説明してくださるのは良いんだけど、なんせこのY県のイントネーションにまったく慣れないあたし。
どう対応して良いのかまごまごしてしまう。
ちなみにものすごく優しく丁寧で、まろい感じがします。
なので日本昔話の常田富士男のナレーションをを聞いてる感じで「4番窓口へお進み下さい」が「まんじゅうこえぇぇ(常田風)」に聞こえまったりしてしまう。
極めつけは初回講習でなんと、60はいってるだろう教官から
「そこのおとうさん、なんで初回講習に若いもんと座っちょるんですかいね?外国に長くいて免許流しんさったか?年喰ってここにいちょる人は大体外国が長い人ですけぇ。」
などと言われる始末っ。
・・・・・「おとうさん」。
「ご主人」や「旦那さん」とかならまだしも(それでも嫌よ)「おとうさん」って・・。
( ̄▽ ̄;)

星の数ほどいる(爆)同年代の独身の女友達の顔を想像してその子たちを「おかあさん♡」と呼んで、楽しんでみる。ざまみろ(意味不)。

普段はスウェーデンのインターナショナルな社会にいて調子マックスにぶっこいてるあたしもY県の交通センターでは借りて来た猫みたいに「ちまん」となっちゃった。
2時間講習を受けていたら、どこぞの遠い異国で大人数の東洋人(当たり前だ)に囲まれてなんだが違和感みたいな疎外感みたいなものも感じて、似たような言葉を話すが全く違う文化を持つ外国に迷いこんだような変な気分がどっと押し寄せてきた。
スウェーデンの金髪やらコペンハーゲンの人魚やらさらには住んだことのある東京やら伊勢志摩やらまで思い出し、いっそのこと交通センターからプライヴェートジェットで飛んで行きたくなっちゃった。
もしこれが、フランスでフランス語で(全然喋れないけど)講習受けてたらこういう感覚になったかしら?
いや、ならなかったと思う。
全く未知のもののほうが、同じだけどちょっと違うものよりも新しいものに触れている興奮からくる親近感みたいなものを感じるものじゃないかしら?

ブロンクスのイタリア人街に行った時に、たしかにイタリア系の人は多いのだがそこがまったく本国のイタリアとは似て非なる様相を呈していて(だってあのマフィアな感じはシチリアのコルレオーネ村にすらないわよ)逆にすごく寂しくなってしまった感覚、わかるかしら?

判りにくい?

じゃぁ、香港とかでうそくさい日本語の看板とか見た時、確かに日本語なんだけど日本とは全然違う異質感みたいなもの感じるでしょぉ?あの感覚よ。
な〜んて言うたらY県に叱られますかいね。
Y県、ラヴよ。多分。

2012年9月8日土曜日

6ヶ月病

これ毎日食べてもいいかも、と思ってたスモーガスボードにも飽きるころ・・・


スウェーデンに引っ越してきて早いもので6ヶ月が過ぎました。
あっという間の6ヶ月。
この分だと10年なんてあっという間に過ぎちゃうんだろうなぁ。
気づいたら65歳ってことになってそうっ!クレーム・ド・ラ・メール、今日はいつもより多めに塗っとこっと。

「ヴィンテージのボルボかっこいい!」ともあまり思わなくなり(よく見かけるので)

新しいところに引っ越すと必ずかかり、でも1年目になる頃には自然と治癒される病
「6ヶ月病(勝手に命名w)」
に陥りつつあります。
見知らぬ土地に引っ越すと最初の半年は引っ越しやらいろんな手続きで忙しく、見るもの何でも目新しくエキサイティングだが、6ヶ月目ぐらいにはその生活もマンネリ化して(第一次慣れ期と呼ぶ)否応なしにその場所の現実を直視しなくちゃならなくなり、少し精神に混乱をきたす病気です(どんだけ大袈裟だよw)。
ニューヨークでも東京でもロンドンでもこのマルメでも、幸せの絶頂にいるあたしを必ず訪れてくれる律儀な「6ヶ月病」ちゃんなんだけど、鬱におちいって廻りの皆様に「手首切っちゃうかもぉ宣言」するほどの深刻なものではなく「ここに行っても別段面白くない」「この店にもそろそろ飽きた」程度の軽い現実がちらほら出始めて、逆に言うと自分のテリトリーがわかりだしたということでもあり、いろんなことに慣れてきた証拠でもあるの(ってまわりくどっw)。
証拠ではあるんだが・・・エキサイトメントが一気に減った錯覚に陥るのでつまんないのよ(でも実際に減っているわけじゃないの。脳が落ち着いてしまう・・・っていうか)。

この美しいライオン薬局も日常に・・


忘れもしないニューヨークでの6ヶ月め。
語学学校に行ってた矢先、ものすごい6ヶ月病が襲ってきた。
このままだったら語学学校のこの人達(この性格ブ◯のイヌ子とか英文科出てるくせにSPEAKの過去分詞も知らないピロ美とかニューヨーク中の穴という穴を制覇してやる勢いのギリシャ人とか)とずーっと一緒にいなきゃいけないのかしら、
この大都会に埋もれてしまう。それだけは絶対に御免。あぁぁぁ、どうしよう!居場所を変えたい、でもニューヨークには残りたい!
それまでタラタラ語学学校に通って英語がド下手もん同士で
「ハドー、ハワユー。アイムフリーサンデーナイト、イエェェェ。レッツゴーショーロンポー、イエェェェ。アフターザッ、ゲイバー、イエェェェ。」なんて言ってたあたしに一気にその病は押し寄せてきたのだった。
摩天楼を見上げなくなった時期と言ってもいいだろう。
その時に襲ってきた6ヶ月病が大学院受験を決意させたと言っても過言ではない。
あぁ20年後の今だから言える。

ロンドンでは最初の6ヶ月はまるで「世界の中心で叫びまくってる」ぐらいにエキサイティングだったのだけど、まさにその時期が過ぎるころから「なんじゃこの街。高いだけで全く良い所ないんじゃないの?!しかも何、このグレー具合はっ!」なんてとんでもない錯覚に陥ってしまって、毎日ふてくされていたの、実は。

 ・・・このように、6ヶ月病は別段どうでもいい事柄によって突然その顕著な症状を見せる場合が多い。
しかしながら、重い症状が出た場合に次の手を必死に考えるようになるのが利点。
がはは。(あのニューヨークのギリシャ人・・・元気かしら。もう50歳ぐらいだわ。)

最初にも書いたがこの6ヶ月病は1年過ぎるころに自然に治る。
このにっちもさっちもいかないような気分があほらしくなるのにさらに6ヶ月かかるということなんだけど(汗)。

新しい土地に完全に慣れて、軌道に乗り始めるのには少なくとも3年はかかるのではないかと思う(前ブログにも書いたけど)。
自分の祖国の日本ですら慣れるのにいろいろあって3年かかったので。
ちなみに日本では3年経って慣れた後「やっぱこれじゃあかんわーっ!」と思ったんだけど・・・。またその話は別の機会に。
この病(?)が治った時にどうなのか?その時に真の現実の問題が露呈するのかも・・・。

ちなみにこの6ヶ月病になると一番被害を被るのは一緒に住んでいる方なのよね・・・
ぐへへへへへ。
Ω\ζ゜)ちーん (☜ゴング)



2012年9月4日火曜日

決めてるひと

マルメ夏の風物詩:マルメフェスティバル(本文関係なし)


中年の域に入ってさらに言いたいこと言わせてもらっております。
不快に思われたらごめんあそーせ。

久しぶりに、思ってることブログよぉ〜〜♪
旅行ネタが続いたので、ちょっとだけ息(ガス)抜き。

あたしがもっとも苦手とする人・・・それは
「いろいろ決めちゃってる人」だ。
細かいところまでいろいろ決めてて、それを強要してくる人。意外に沢山いる。

なのであたしが決めてることは「その人なりの価値観の上いろいろ決め事が多く、それを半分こちらに強要するような人とは付き合えない」ということだ。がはは。

一例をあげると:
いつもビジネスクラスに乗ると決めてる人と付き合えないし、JRは絶対にグリーン車じゃないと乗らないという人とも付き合えないし、ユリはオッケーだけど絶対にチューリップはもらいたくないという人とも付き合えないし、東京は港区中央区目黒区渋谷区品川区世田谷区の一部しか行かないという人とも付き合えないし、もやしは百姓の食べ物なのであたしは食べないという人とは付き合えないし、絶対にまずいものは食べないという人も付き合えないし、「外人は連れて来ないで緊張しちゃうから」という人とも付き合えないし、海外でも3日に1回は日本食食べなきゃだめだという人とも付き合えないし、ステージでは絶対にピアノはハンブルグスタインウェイと決めてるド下手ピアニストも付き合えないんだよ、く◯やろー。
これ、すべて実例です。

一般常識で失礼とされていること以外の決まり事に「これされたくない」「あれじゃなきゃだめだ」とこと細かく決められても、すっげー戸惑う。

ちなみにそれは「カメラはフィルムしか撮りません」とか「ピアノはドビュッシーは弾きません」とか「娘は絶対に公立の中学には入れません」というふうに決めてる人とはちょっと違う。そういう人達は付き合う上、あたしが生きていく上で何の支障もないからなの。
ビジネスクラスでしか旅行しないと決めてる人とは旅行はできないだろうし、港区から出たくないのよ、という人とはうっかり信濃町から向こうは行けない(がはは)。
「足立区には行けないの。ガラ悪いし。いくら綾瀬に美味しい焼き肉屋があっても行けないの・・・。」
これってどう?
(何度も言うが、これ実例な)

で、そうやって決めちゃってる人は結局あたしとは付き合わなくてもいい、と彼らの中で潜在的に判断しているだろうから。
さらに言えば、決めてる人の大半って、それを「かっこいい」と思ってやってるところ・・・ない?
あ゛ー、ウルトラうざい。

実は信じて頂けないかもだけど、いままでこういった人達に非常に合わせて暮らしてきた人生だったように思わないでもないわ。
だからもうそういうことやめたいのよ。
ほんとにやめたいの。42歳の初秋。
結局のところ、そうやって仰々しくお決めになってる人に失礼にならないように生きたいというあたしなりの配慮でもあったのだった。

あたしは「日本の所謂一般常識からかけ離れた」 ような要求を特に他の日本人にはしないように心がけてるのだけど・・・。

それだけ。(-人-)ナームー...