2013年5月30日木曜日

スロヴェニアでの秘め事(3)

幸福ってなんなの?の巻。

おばあちゃんが道でチェリーを売っていた。払った後にオマケしてくれた。号泣。


友達になりたい芸能人1位がベッキーなのはなーんとなくわかるわ。
東京で住みたいエリア1位が目黒なのもなーんとなくわかる。
でも幸福度指数が高い国ランキングにほとんど毎回スウェーデンが最上位に食い込むのに「物言い」付けたいのってあたしだけ?
まるで箸にも棒にもかからんブログが人気ブログランキングでいつも1位ってぐらい不可解だわさっ(他人のこと言えた義理じゃないブログww)。
誤解を招かないように言うけど、あたしゃスウェーデンがまぁまぁ好きで、まぁまぁ幸福なの。
国力もあるだろうし、近来まれに見る良い国だと思う。
でも、個人単位のレベルで見てみたときに、人との横の関わりがことのほか希薄で、福祉が安定してる割には老人の自殺率が高く(一般的には高くない)、基本的な家庭の形態が完全に崩れてる国の幸福度が高いのって、お釈迦様的にはどうなん?
それに付け加え、この間の暴動。ほらほら水面下じゃいろいろあるんじゃぁん。

成績優秀でクラスでは良い子の末男(スエヲ)くんは家に帰ったら親とも口をきかないような暗い子だった、みたいな印象が拭えないのってあたしだけ?
あぁ、自分で書いてて言い得て妙かも。悲しいが。
何度も書くけど、個人的にはまったく文句はないのよ(食べ物以外)。

人の幸福度の基準はそれぞれだろうけど、あたしは「良い人との関わりの多さ」と「ワインの生産高」に関わりがあるんじゃないかと勝手にアナライズしている。
Ω\ζ゜)ちーん
ぶどうがたわわに実る場所に「不幸」って言葉は似合わない。
ワインが生産されているところには美味い料理が必ずあり、美味い料理がある所には団らんが生まれる。団らんが生まれると口論が起こり、口論すると強い感情がわき上がりそして人との関係がいやが上にも強くなる。そして愛に変わる。

な〜んて詭弁かしら。詭弁っつーか安直かwwがははは。

今書いてて思ったけど蒸留酒の生産が盛んな所って食べ物が大味のものが多いよね(言葉選びちぅMAX) 泥酔するやつが多くて食べ物どうでも良い感じなのだろう。言い切り。

この雰囲気の中、鬱とかになる要素なんてひとつもない


スロヴェニアは現在失業率が国民の三分の一。すごい深刻らしい。
スロヴェニアでお会いした何人か仕事が1年ぐらい見つからないと言うてる人がいらした。
仕事がない時の辛さって、こんなあたしが言うのもなんだけどw うちのおさーんが2年失業しててズドンコに落ち込んでたから自分のことのように判るわぁ。
でも、人が集まってワイン飲んで食事してる時だけはとりあえず暗くならないわよね。あの失業中だった暗い時代も周りの善き人達に誘っていただきご馳走してもらって生きてることを確かめたのだった(涙)。

でもこのスウェーデン(英国もちょっと)お誘いする事自体がご迷惑みたいな雰囲気あるじゃーんっ?!
ちなみにスウェーデンの移民の多いミネソタやウィスコンシンもこういう雰囲気らしい、ってミネソタ出身のアメリカ人が言ってた。

このスロヴェニアの旅でミハのご両親とその親戚のみなさんにものっっすごく手厚くもてなしてもらった。この「手厚くもてなす」といううちの家族が当たり前にしていた行為に久しぶりに出会って、嬉しくもなんだかちょっと変な気分だったわ。
はらいっぺーで食べられないのにわんこそばみたいにまだまだ料理出してくる感じ、ちょっとだけウザいんだけどなんだか泣けてくる。
(-人-)
あぁ、このスロベニアのアルプス地方の村にあるミハの実家でイヤと言うほど生きていることを確かめてしまったのだった。
ちなみに次の日の朝のおトイレでも生きていること確かめてしまったのだった・・・・汗。

「一家の歴史始まって以来のアジア人の客」を親切にもてなしてくれたことに心から感謝です♡

さぁ、次回は(ってまだ続くw)ブレッド湖周辺にて。

2013年5月28日火曜日

スロヴェニアでの秘め事(2)

全ては音楽から始まる・・・の巻
(副題:イケメンの友達の多い女友達は金のわらじを履いてさがせ)

合唱団員さんたち休憩中@シンフォニーホール 上からの眩しいアングルw


スロヴェニアに来る1ヶ月ほど前から自分自身のピアノレッスンをかれこれ10年ぶりに再開した。
マルメの音楽院で教鞭をとっている素晴らしい先生からレッスンしていただける幸運にあずかった・・・と、今のところは思う。こんな方も住んでるなんてマルメも捨てたもんじゃないのかしらw(先生はスウェーデン人ではない)二週間に一度音楽院に行くというなんだか懐かしくもちょっと緊張する生活がまた始まった。
その間をぬってのスロヴェニアへの旅行。

スロヴェニアの友メトカはリュブリャナ大学で音楽学専攻だったということをごく最近まで知らず、そちらの話をさせたらかなり博識なので度肝を抜かれちゃった。楽曲のことからリュブリャナのミュージックビジネス(クラシック)、さらにはあたしが全く知らないスロヴェニアの作曲家達のことまでかなり精通しているのだった。

音楽に関するいろんなところに連れていってくれた。
まずはマルメにはないクラシックの楽譜屋さんに行った。
マルメより人口の少ない都市とはいえ(25万人)さすが一国の首都。立派なクラシック専門の楽譜屋があった。ここぞとばかりに4冊ほど買ってしまった(弾けるかどうかは別よw)。

そのあと、かのカルロス・クライバーが晩年愛したというリュブリャナシンフォニーの本拠地のシンフォニーホールの見学。
なんともラッキーなことにシンフォニーの合唱団のリハーサルを見学する事が出来たのっ。
スロヴェニアは合唱がさかんな国で地方の有志の合唱団でもかなりのハイレベルらしい。さすが唯一のプロの合唱団、あちらの世界に誘われるような歌声にすっかり酔ってしまった。ちなみにスウェーデンも合唱がさかんな国なのよ。

ツァンカレエヴ・ドムにて

お昼はメトカの大学時代からの親友のディアンという人と別のコンサートホールのCankarjev Domで待ち合わせ。ちなみにこの名前の由来のツァンカル(Cankar)はスロヴェニアでもっとも尊敬されてる作家です。
ディアンはオペラの評論家でご自身のラジオ番組を持っているということで、会うのをとっても楽しみにしてた・・・ら・・・その現れたディアンは、あ〜た、身長2メートルぐらいあってかのアレキサンダー大王ソックリの(会った事ないけど)モデルみたいな超イケメンだった。
オペラの話どころじゃなかった。がははは。
いや、あたしゃハッキリ言って美しい友人は数多といるが(あなた含む♡) このアレキサンダー大王は反則やろ。真っ黒なカールされた髪の毛とダークブルーの目、そして深いバリトンの声は反則やでー。
Ω\ζ゜)ちーん
その晩も一緒にゲイバーに行ったのだったw いぇーいっ(吉高由里子風w)。

アレキサンダー大王に似てるでしょ?

話変わって・・・。
以前マルメのビーチに寝そべりながらメトカが
「イヴァンっていうスロヴェニアではちょっと有名なピアニストがいて、昔は大親友だったんだけど、ちょっといさかいがあってもう音信不通になってしまったの。今でも友達だったら紹介したかったのに。ファツィオーリ(イタリアの超高級ピアノのメーカー)のPRとかもしてたんだけど・・・今はもうコンサートしてないと思う。多分YouTubeにビデオ載せてると思うけど悲しくて見れないから・・・。」
と淋しそうに言っていたことがあった。
リュブリャナから次の宿泊地に移動する時にソチ川沿いのKanalというアルプスにほど近い村に車を止めて散策してたら、向こうからこれまた身長が2メートル、髪の毛がデビュー当時のアグネス・チャンぐらいあるモデルみたいなイケメンが向こうから歩いてきた。
メトカがいきなり
「イヴァンっ!イヴァンじゃないのぉぉぉ!!」
とそのイケメンに駆け寄って抱きついた時には、もうビックリ。
そのご本人のイヴァンだったのよ。
メトカとイヴァン、8年ぶりの劇的な再会だった(涙)。
諍いがあって音信不通だっただけあってなんだかギクシャクしてたけど、お互いまんざらでもなさそうだったのが救いやね。
人間同士のいさかいなんて所詮その程度のもんだよね。とかいいながら、いさかいはなかったが二度と会いたくない人もいたりして・・・嗚呼人生♡
あたしゃ知り合いにイヴァンって名前のもさーくてださーいハ◯゛がいて、その人みたいな人を勝手に想像してたから(世界にイヴァンはン万人いるだろうが)、その麗しいお姿とたわわのおぐしの量(がはは)に鼻血が5リットル出るぐらいビックリしたわ。
Ω\ζ゜)ちーん

そのイヴァン・シュクルトの演奏でラヴェルのオンディーヌ☜クリック。
この人自体がまるでオンディーヌ(水の精)。
ちなみにこれって昔のマドンナの髪だよねw

あたしがピアノのレッスン開始したと同時にいきなりいろんな音楽に関係のある人達と知り合えて、この偶然に暫し驚いているのであった。しかもイケメンばっか♪
何かの預言であろうか・・・。るー♪

涙なしでは語れないw感動のふれあい編へとつづく。

アートらしいw




2013年5月27日月曜日

スロヴェニアでの秘め事(1)

リュブリャナの有名な三つ橋


スロヴェニアっていう国がどこに位置してるか知ってますか?
スロヴァキアじゃないわよ、スロヴェェェェニア、よw
ちょいと確認してみてちょうだい。
イタリアの右肩とでも言おうかしら。

数回にわたりスロヴェニアで体験したこと、つらつら書かせてくだしゃんせね。


大きな地図で見る

リュブリャナにも空港があるにはあるんだけど、お値段が華麗なのでw今回はおさーんの同僚のミハがベニスの空港まで迎えにきてくれました。ちなみにデュッセルドルフでトランジット。なんと待ち時間が4時間もあり、空港からタクシーで10分ぐらいなので街に出ました。あたしのドイツ初体験はこうやってあっけなく終りましたで早漏。Ω\ζ゜)ちーん

ベニスの空港に降り立ち、彼方にヴェネチアングラスで有名なムラノ島や優美なサンマルコ教会の尖塔を眺めながら後ろ髪を引かれる思いでそれの真反対方向へ。イタリアに行きながらイタリアに滞在しないなんて絶対イヤっ!劇団ひまわり仕込みの演技力でケビョーになってイタリアに居残ってやろう、旧東欧のスロバキアやらスロベニアやらわからん、聞いた事もない国なんて行きたくないっ、ってちょっとでも思ったあたしって、ほんと、豚野郎だわ(☜この方達者かしら?)。

スロヴェニアのシンボルの竜


ミハのガールフレンドのメトカを拾うため、彼女の実家のあるNova Gorica(ノヴァゴリツァ)へ。ベニスから1時間半ぐらいで着いちゃった。ちなみにイタリアのトリエステからだともっと近いです。
このノヴァ・ゴリツァ、地図で見てもらってもわかるけどイタリアのGorizia(ゴリツィア)と国境を挟んでお隣同士。しかもどこが国境だかわかんなくて、まるで東村山から所沢行く感覚で行ったり来たり出来るの(わかりやっすw)。ユーゴスラビア政権下のころから結構自由に行き来できたみたいで、皆さんイタリア語もペラペラなのよ。

あたしの大好きなメトカをピックして、再びイタリアへの国境を越えゴリツィアでコーヒーと激ウマジェラートしばいた後、高速に乗っておさーんの学会のあるスロヴェニアの首都リュブリャナへ(Ljubljanaって三回言うてみぃ)。これまた一時間半ぐらいで着いちゃった。
左にアルプスを眺めながらのドライブは最高♡旧東っぽい鄙びた感じもちょっとあってなんだかノスタルジックになっちゃった。

・・・
スロヴェニアは1991年にユーゴスラビアから一番手で独立した国なのよ。
現在使われてる通貨はユーロです。
高速の途中の山の頂上に「TITO」って書いてある朽ち果てたサインがあって、まるで伊東の「ハ○ヤ」の看板みたいないい味を醸し出してたわ。そういえばチトー大統領っておったよねーっ。懐かしいっ。
・・・

これから3日間、このGrand Hotel Union Businessさんにお世話になることに。
部屋も広めで、しかもクイーンサイズのベッドが二個どーんと置いてあって感動したのだった。ちなみにお値段はこの広さでパリの半額なのだった(号泣)。隣の本館のGrand Hotel Unionさんはもうちょっとお高いらしい。
あたし普段は旅行先の泊まったホテルの情報書かないんだけど、スロヴェニアのことはできるだけ書くわ。
だって皆さん、よほどじゃないと行かないでしょ?スロヴェニア。
おほーほーほーっ。
感じ悪いブログw



着いた日の夕食はおさーんの同僚と一緒にこのMostへ。
Mostってスロヴェニア語で「橋」って意味なのよ。
ロバート・デニーロも愛した(とメニューに書いてあったw)赤いビール☟おすすめです。



あぁ、スウェーデンに住んでると何喰っても美味く感じるw・・
・・・ってスウェーデンにもスロヴェニアにも失礼かしら。

・・・感動の旅へ、つづく。

このカルチェ・ラタンな雰囲気がなんでスウェーデンにはないんだろう


2013年5月19日日曜日

ユーロヴィジョンが終って・・・


特設テントの下は人だかり

ユーロヴィジョンソングコンテストが我がマルメで行われました(1992年ぶり)。

・・・ってユーロヴィジョンって、何よぉぉぉぉ。

これよ☞Eurovision Song Contest ユーロヴィジョン歴代優勝国
言うなれば、欧州国対抗歌合戦です。
歴代の優勝者で特に有名なんは1974年のABBA (この時の二位はオリヴィア・ニュートンジョンです)と1988年のセリーヌ・ディオン

この開催期間の一週間マルメのホテルは完全満室(意外にホテルの多い街なのに)。
去年アゼルバイジャンのバクーで行われた大会でスウェーデン代表のロリーンさんが優勝したおかげで今回はスウェーデンで行われることに。
2013年はマルメとのアナウンスがあった瞬間、数多といる「ユーロヴィジョンおっかけ」はマルメのホテルを一つ残らずブッキングしたらしい。
今年はデンマークが勝ったので(まぁまぁ良かったけどさぁ・・・って感じ)2014年はコペンハーゲンで行われるのよ・・・って、ここからまた20分のところでwww (今年優勝したデンマークの歌)
友人の香港在住の英米おきゃまーぬカップルはすでにホテルを取ったらしい。

このユーロヴィジョン、各参加国が参加国以外に投票して一番多くのポイントを稼いだ国が優勝するのだけど、どこが勝ってもどーでも良い感じにみなさんそれなりにお上手ではあるのよ。
ただ、旧東欧諸国は旧東欧の国に投票する傾向が明らかにあって、そういう政治的な背景がちらりと見えたりするとかなりシラケるわぁ。

あたしとおさーんはこのルーマニア代表のセザールさんの勇気と彼のショーマンシップに非常に感動してたのに、点数的には総スカンだったの、なんで?
今日行きつけのコーヒー屋で「ルーマニア代表が一番キャッチーだったわー」って言ったら、「・・・え?ルーマニア?・・・あれ恥ずかしいじゃん。」って。
あぁ、この「恥ずかしいことしたりするのはもとより、見たりするのも恥ずかしい。いつもクールにきめたい。」っていうスウェーデン独特の気質・・・あんまり好きじゃないわ。
あら、また話題違う方向へ・・・w
その恥ずかしいルーマニアのセザールさんのカウンターテナー
立派だと思うw

バーで真剣にテレビに食い入る皆様♡


しかしやはり正統的に一番聞かせたのはこのイタリア代表のマルコさん(イタリアの今どきの歌ってほとんどこのメロディラインとコード進行だよねw同じ人が作曲してんのかし?w)と、一番の話題はイギリス代表の往年のボニー・タイラー(ヒーローでおなじみ)。

さて、来年のデンマーク大会、みなさまもお誘い合わせの上いらっしゃってみては?
このびみょーにダサい感じってなかなかお目にかかれないわよw

2013年5月8日水曜日

ラ・カージュでの秘め事 (思い出話)

東京で出会ったカラーの濃い家主さんシリーズ、いつかは書きたいと思ってたので、ここで一気に書かせていただくこと至上の歓びです。
(前のお話、お姫様との秘め事本格仕様キッチンでの秘め事

最終回(と思うw)は品川区のとある住宅街のアパートの家主さんのお話。

過去にこんな住所聞いたことない、そしていったい地理的にどこに位置しているのか今となっては思い出せないような場所にその外国人アパートはあった。
その物件に行く道すがら、不動産屋のKさんが言いにくそうに「ここの家主さんはかなり・・・あの・・・その・・・えと・・・物腰のたいへん柔らかい方です。」とおっしゃる。
目黒のいじわるじいさんでかなり懲りたあたしは「物腰の柔らかい大家さん、ウェルカームっ!」と思いながらも一抹の不安を感じさせずにはおかないそのKさんのもじもじした態度。

着いてみたら、駐車場のところですでに男性の大家さんがあたしたちの到着を待って下さってた。
年のころ60ぐらいで背は低いが恰幅の良い感じ、七三に分けてポマードで撫で付けた髪、紺のブレザー、その下には白いシャツ、首にはジュリーのTOKIO風スカーフ、真っ白いスラックス(死語)、ピカピカしたエナメルの白い靴、素肌が透けてる黒いソックス、そして口ひげ、男性もののデカい指環、そしてしっかり手入れされた爪。
現代日本ではちょっと浮いちゃってるその時代錯誤のファッション。
あいざき進也(知ってる?)がアイドルのまんま年取ってずんぐりむっくりになった感じww

「はい、よくいらっしゃいましたね。ウェルカム。サンキューフォーカミング。」と外国人慣れした感じでお出迎えしてくれて、キツめに付けた香水の匂いを発散させながら部屋に案内して下さった。
その物件はマンションの一階で、部屋自体はちょっと狭めだが、真ん中に夏みかんの木がドシンと立ってる広いお庭を独占できるのがウリとのことだった。(これ書いたら場所がワレちゃうかもなぁ。まあいっか。)
あたしが「お庭が素晴らしいですね。」とふと振り返ると、いつの間に移動したのか向こうの部屋であたしのことそっちのけでうちのおさーんに親密そうにお部屋の説明をしてる。
あたしがいろいろ質問してるのに「あ、はい、そうです」「ええ、まぁ」なんて心ここにあらずな感じで、おさーんにかかりっきりなのである(あたしは不動産屋のKさんと見て回ってた)。
あぁやっぱりここでも「人種差別」かよ、とふてくされてるところに、あたしがポツリと
「Kさん、こんな大きな庭があるならワンコが飼えるね。」
 と一言もらした瞬間、そのあいざき進也質流れがものすごい黄色い声出しながら太ももすり合わせてすっとんできて、

「いぬは、いぬは、いぬはだめよぉぉぉぉぉ!いやだぁぁぁぁ!いぬは絶対にだめだめだめだめだめぇ〜〜ん!ノードーッグっ!」

・・・・。

あたし+マツコ+美輪+ベティ+青江+おすピー+ジェ美などのありとあらゆる魑魅魍魎のオキャマを足してもまだあまりあるぐらいの、筋金入りのオキャマーヌだった。
なんとなくそーかなぁ、なんて思ってたけどwこんなにピンクだったとは。
あーっ!どこかで見た事あったと思えば、ラカージュ・オ・フォールのウーゴ・トニャッツィよっ!(訂正:これ最初ジャン・ルイ・トラティニャンって書いちゃった、訂正しておくね。『ニャ』は合ってるでしょ?w)

ふと見るといつのまに瞬間移動したんかおさーんが玄関の三和土(たたき)のところで靴履いてちょこまんと収まってる。
あたしが「どうしたの?」って聞いたら蚊の鳴くような声で
「・・・・もうぼく帰りたいかも。」と、半べそかきながら言う。
なんで?と聞くと、
「だってぇHe sort of tried to hit on me。ちょとこわい(ここ日本語)」
(to hit on meという熟語、ホワットタイムイズイットナ〜ウ?より使うけんね!ためになるブログ)
というじゃないのっ。
世界一鈍感なおさーんにもわかりやすいぐらいhit on himしてくれちゃって、よほどの押しの強さだったんだろうか、ちょっと目も潤んでたりしてwwがはは。
つか、ラカージュさん、俺のことは完全無視なん? ( ーoー)y-~~~
素敵なお庭に後ろ髪引かれる思いで、ここからも逃げるように出てきた。
出てきたとこでどこぞの民放の女子アナと駐車場で鉢合わせ(たらしい。不動産屋のKさんがおっしゃってた)。その人が誰だったのかもう忘れちゃったが、持ってたバッグがクロコのバーキンだったのは覚えてる。

帰りの車の中でKさんに「いじわるじゃないだけ良かったかもだけど、やっぱりうちのおさーんにhit onするような大家さんのいるアパートなんて気が気じゃないじゃないわよっ。」と、また叱る。あぁ、叱ってばっかりでごめんねーっw

ちなみにうちのおさーん、東京のとあるゲイバーでそこの店子(50ぐらいで小太りの)から
「Tバックお好きかしらぁ。もしよかったら今晩伺ってTバックはいて個人的に踊ってあげたい♡はふ〜ん。」とあたしの目の前でかなりの勢いで迫られて(またあたしのことは素無視)、寸での所で「ストレート」になりそこねた経験あり。
「日本のおじさんのおきゃまはちょとこわい」らしい。
・・・・ってよく考えたら、おじさんってあたいもじゃね?

東京って・・・いろんな人達がいたるところで蠢(うごめ)いている大都会なんだわね。ほんと、面白い。

その後も東京では数々のアパートを見せていただいた。

カーテンを開けたら目の前お墓の海だったアパート、将棋会館が目の前で100人ぐらいの人がずらりと将棋してるのが見えるアパート、ゴミ屋敷状態の有名弁護士のアパート、プロゴルファーの青◯◯が同じビル内にいるというアパート、なんとかジャパンの人が亡くなったというお部屋、歌手長◯◯と妻で元女優志◯◯◯子が住んでいたアパート、藤◯◯香が同じビル内に住んでいるスィロガーネのアパート、漫画家植◯◯◯◯さんの神楽坂の一軒家などなど、おさーんと一緒だった(今も一緒ですけど)おかげでこんな田舎もんでは到底できないような貴重な経験させていただきました。
法人様感謝(爆)。
結局麻布にある薄暗い半地下のアパートに住む事になったんだけど・・・。

いまこうしてあらためて書きだしてみたら、いろんな思い出が走馬灯のように浮かんできてなんだか涙が出てきてしまう。
お姫様もいじわるじいさんもラカージュもその後もお元気でいらっしゃればいいけど。

あぁ、すっかり思い出話モード。みなさん、ごめんあそーせね。

最後におみやげ♡(☜クリック)

2013年5月5日日曜日

本格仕様キッチンでの秘め事(思い出話)

前回のブログに引き続き、今回も東京でアパートの内見をした時の強烈な思い出話を書かせていただくわ。

長文覚悟っ!ウリャー!! (ノ-o-)ノ ┫:・'.::

「スウェーデン人から人種差別されない?」
と、結構いろんな人から申し合わせたように聞かれます。
スウェーデンに越してくる前に北欧に住んでるみなさん(主にデンとスウェにお住まい)のブログを読んでいたらその中には「人種差別された。」
と、お気軽に書いてあるものが結構あって、じつはあたしもドン引きしてたの。(検索してみ♥)
個人の解釈だけど
「他人から日本人という人種的な特徴を明確にあげつらって攻撃されたり不当に扱われたりした時のみに使われるべき言葉が「人種差別」である。しかしその際ちょっとでも冗談のニュアンスが混じってる場合や友人などからのそのような発言は『悪気ないもの』とみなし情状酌量の余地かなりあり。(ムカつくけどな)」と考えている。
欧米に住んでる日本人ども(いや、あなたじゃありませんw)のブログに「日本人だからわざと後回しにされた」「日本人なのでぼったくられた」などとなんの根拠もなく書いてある場合があるけど、「それは単にあなたが個人的に人種関係なく意地悪(もしくはカモに)されたのだと思ったほうがいいかも」ってコメしたかったけどやめたw
その言葉、とてもデリケートなので国際問題に持ち込む前に充分吟味して使ったほうが良いわ。
なのでわたし的には今のところ「人種差別」は一回もされてません。

・・・・と書きたいが、ある国に住んでいた時に二、三度ちょいとした人種差別をされました。
その国とは、悲しいかな、エキゾチック・ジャパン!マイホームカントリーっ♥

さて今回は不動産屋さんのKさんと二人で目黒の一軒家を見に行った時のお話。
前置きながっ。ごめ。

とある瀟洒な住宅地の家のベルを鳴らすと、中から75歳ぐらいの見るからに意地悪そーな「日本昔話の良いじいさんのとなりに住むいじわるの爺さん」役にピッタリであろうこと間違いなしのジェントルマンもどきが出てきた。
大家さんである。あらかじめその辺の土地を持っているお金持ちとの情報を先にKさんより入手していた。
ポロシャツの上にえんじ色の「これ着てりゃ品よく見えるだろう」系のチョッキを着てる。一昔前の日本の政治家が首脳会談での「カジュアルデー」に着ていたような出で立ちだ(カジュアルデーってさらに残酷にダサさが目立つのよ)。
そのじいさん、あたしとKさんを見て吐き捨てるように
「ここに住む人はどこ?」とおっしゃる。
Kさんは一応お客のあたしに気を使って「この方がアメリカ人のパートナーさんと物件を探してらっしゃいます。」 と言うと、大家さん
「え?あんたが?あんた日本人なの?日系人じゃないのね。ほんとにアメリカ人が契約者なの?ほんとはあんた一人じゃないの?うち個人契約駄目よ。法人のみ。それも外国人専門なのよ。しかもそれなりの外国人よ。日本人なんかに住まわせたことないんだよ。」とどこぞの演劇学校で習ったようなク◯意地悪そうな言い方でネチネチとおっしゃる。
あたしその場できびす返して帰ろうと思ったけど、よくしてくれてるKさんの手前「はい。その辺存じております。」な〜んてブリブリに返事しながら中に入る。
「あんた外国のそれなりの邸宅に住んだことあるのか?ここはキッチンもバスルームもトイレも特注で外国人仕様に作ってあんの。日本の低いシンクに慣れてる人には使いにくくなってんの。フリーッジ(冷蔵庫のフリッジのこと)も大きいの。フォアイエ、わかる?日本人なんかにこういう本格仕様が使えるのかなぁ。」
と、無礼もここまでいけばファビュラスな勢いで捲し立てる。

何度となく出た「日本人なんか」に明らかに人種差別の警告ブザー鳴らしてもよくってよ。
しかもこの場合「わたしの平素のクライアントである欧米人と比べて日本人なんか」と明言してるので、完璧にクオリファイされる人種差別だわよ。

これからはちょっと笑い話だけど・・・。
その本格仕様とやらのキッチンを見たときおもわず我が目を疑ったあたし。
シンクがなんと高さ約1メートルあって、身長が176センチあるあたしのヘソの上なの。
「外国はみーんなこの高さなんだから。」なんて見てきたようなことをおっしゃる。

うちの母なんて包丁握ってる手が見れないんじゃないのかしらってぐらい高いの。
よく見るとキッチン全体も非常にバランスの悪い造りで、換気扇なんて異常に高いところに付いていてダッシュして床蹴ってジャンプしないかぎりその紐に手が届かない。ブブカか。
その家自体のテイストも「絶対に外国にはない外国風」なのだった。
さらに驚いたのはトイレで、置いてある便器がつま先座り(わかる?w)しなきゃいけないぐらい高いっ。女子なら脚が浮いたままだろう。キバリきれないわよ、こんなんじゃ。
つか、この年代の日本の方って「西洋人は何もかもデカい」って思ってる人ひょっとして多くね?
(いや〜ん、そんなこともないのよぉぉぉ。とちょいとシモーネ注入してみる♥)

内見したときにはまだアメリカ人の家族が暮らしており、その一家の家財道具が一切合切そこにあった。(さぞかし背の高いご家族なんだろう)
リビングに行くと、じいさんいきなり大声だして
「コード差しっぱなしじゃないかっ!もったいないっ!火事になったらどうするんだ!けしからんっ!」
と、吠えながらビデオやテレビ、ステレオの抜かれてしまったら後で時計の設定が面倒クサいであろう電子機器のコードを一本残らず抜いて廻って「こういう常識のない人は困る。あんたはまさかこういうふうには住まないだろうな。」と多々良純みたいにあたしをねめつけるように睨んでいる。
(このじいさん、絶対に汚い言葉「しやがって」などは使わないの。使わない分虫好かなさが倍増するの。)
もうその模範的なイジワルな態度にどうして良いのか判らないし、自分もいたたまれないしでKさんに
「もう結構です。おいとまいたしましょう。」と言ってじいさんの顔も見ず逃げるように出てきてしまった。
あんな差別的発言多発の大家のいる、しかも帰宅したらコードが全て抜かれているアパートなんて、絶対にごめんよっ!
(コード抜くのが昔の常識だったことは知ってるのよ。あ、でも『たこ足配線やめましょう♥』)
そんなところに連れてった不動産屋のKさんに腹立ちまぎれに「今後ああいうのは困るわ。」と嫌味言うと「外国人アパートの家主さんってあのタイプ多いですよぉ。またこういう思いされると思います。だから早々に決めちゃいましょうね。」と悪びれずおっしゃる(爆)。

あれから7年経った。
その間それはそれは沢山の人にお会いして、そして沢山の人が去っていった。
あの大家さんみたいな見るからに意地悪で人種差別的な言葉を不用意に使ってしまう人たちに限って、実のところは悪い人ではないんではないかと思い始めてる成長したあたし。(あら、やだ。激しくうなずいてるお姐様たちのお姿が見えるやお。)
そう考えると、この貴重な人種差別体験も墓場まで持っていくことにするか(ってここで書いてるし、がはは)。
Ω\ζ゜)ちーん


ちなみにスウェーデンもイギリスもみなさん平均的にかなり背が高くてらっしゃるけど、あんなに高いシンクも便座もダッシュしてタッチする換気扇も未だお目にかかったことなしよっ。

長文ほんとごめんなさい m(_ _)m まゆみちゃん(がははは)。
このシリーズ、まだ続くんだけど、退屈ぅ?

2013年5月2日木曜日

お姫様との秘め事(思い出話)


春の陽光眩く

ここに移り住んで早一年が経ちました。
早かった!と書きたいけど、この寒く暗い冬のなかなか明けないこと、いとおかし。
暗黒のロード・オブ・ザ・リングの世界に来たのかと思った(ゴラムとw)。
最近はやっと春の陽光になって美しい毎日が続いています。
まるで暗い部屋の蛍光灯をいきなり付けたような明るさ。なんじゃこりゃ。

ここに来て、実はまたアパートメント探しをしている。
今住んでいるところも気に入っているんだけど、もし安くて良い物件があったらおさーんは購入したいらしい(今は賃貸)。
スウェーデンの皆さんから「今買っておきな」と薦められるぐらい現在はお買い得らしい。
そのアパートメント探しのことも書きたいのだけど(いや詳細は書かないとは思うが)まだ「これっ!」という物件が見つかってないから別段書く事もありません。
Ω\ζ゜)ちーん

このアパートを見た瞬間天国に来たかと思ってしまった(悪い意味で)

これまでの人生、思い起こせば「物件探し」っていうのをこれでもかぁ!というぐらいしました。
特に東京とロンドンあわせたらもしかしたら100軒ぐらいの物件は見たかも。
その最中でいろんな忘れられない面白い出来事があったので、ここに思い出話として書いておきます。
ハッキリ言って、これ、一冊の本に出来るかもww

今回は東京の高輪にあるアパートを内見させていただいた時のお話。

急な坂道の途中にそのアパートはあった。
アパートとは書いているが、ここはほぼ一軒家のテラスハウス。
不動産屋と伺って隣にある大家さん宅のベルを鳴らしてみると中からなんとまぁ、着物こそは着てないが皇女和宮を思わせるような(会った事ないけどw)見るからにやんごとないお姫様のようなおばあちゃんがおスルスルと出てきた。
「あたくしども(この時の「たく」の音はほとんど無音である)のガードナーが丁度昨日来た所で、ガーデンが美しくなってて良かったわ。椿がとっても綺麗でございましょう(この場合の「ざい」はほとんど無音)。」とまぁ、ホンモノのお姫様のようにさわさわさわさわとおっしゃった。そのガードナー(庭師)という言い方はアメ人のおさーんもわかるぐらいのホンモノの英語っぽい発音だった。
アパートの外観はドイツ風であたしが「どえりゃぁドイツ風ですのね。」って言うと「ドイツの設計士に◯◯(忘れた)の山の別荘を似せて作らせましたの。」とキッチンから洗濯機から換気扇から嫌味なぐらい全部ドイツ製だった。
そのドイツからの窓越しには日本最初のイギリス公使館が置かれたと言うデカいお寺の屋根が見えて不思議な感じがした。
「素晴らしい敷地ですね。こんなところが東京にあっただなんて。」と感嘆の声で申し上げると「ここは一番小さい土地で、あたくしにも丁度良くて気に入っておりますのよ。駒場のほうにはもうちょっと大きい土地がありましてね、今は大学のほうに貸しておりますの。」とおっしゃる。
ふと表札のほうに目をやると、あらまーどーして
「前◯利◯」
という、見たら「お控え」しなきゃいけないような名前が肛門様の陰牢、いや黄門さまの印籠のようにかかっている。じぇじぇじぇぇ。
つこたなにかい?駒場の大学っていうのは・・・?!WOW(古典)。

やっぱりおばあちゃんは正真正銘やんごとなきお姫様だったのだった。

あたしが「あのぉ、お伺いしますけどぉ、ちかくのスーパーまで何分ですかぁ?」と聞けば
「3分で行くみたいですわよ。」とおっしゃる。
「え?来る途中徒歩圏3分以内にスーパーなんてある感じしなかったですけど。」と申し上げると、
「あら。まぁ。ふふふ。もちろん御車でらしいですわよ。あなたお歩きになられるの?」とまたさわさわさわさわさわさわとおっしゃる。
らしいですわよ、みたいですわよ、に思いっきり
「わらわはそのようなものには参らぬ。このうつけもの、その毛唐を連れて即刻失せよっ!」とやんごとないサウンドをその言葉尻に聞き取ったあたしたちはしっぽ巻いてとっとと退散したのだった。

ということで、おさーんとあたしは利家とまつに完全になりそこねたのであったw
し〜ん。