2014年8月16日土曜日

Journey to Italy 2014 (6): Giove & Orte

山を降りて、また隣山への道を登る。
その「イタリアで最も美しい村」に登録されているGiove(ジョーヴェ)へはMugnano(ムニャーノ)から車で15分ぐらいだっただろうか。

ジョーヴェで唯一交流があった方




道路に「ここから『イタリアで最も美しい村協会』に指定されているGioveです」と書かれていた。
村の入り口にはムニャーノからも見えたでかいパラッツォがあって、その裏手の山のへりのところに、ほかの村と同じように、集落があった。
まず家が密集している住宅街のほうへまわってみる。
マリア被昇天祭の次の日の正午ごろとは言え、見る限りでは二人のお爺さんがベンチで喋っている以外誰もいない。さっきまでいたムニャーノの広場には沢山の人が出てたのに、どうしてかしら。
晴天だというのになんだかただならぬ暗い雰囲気が漂っていないでもない。
一匹のトラ猫があたしらにおかまいなしに家の戸口で伸びきって寝ていたけど、かたわらに置かれた椅子には誰も座っていなかった。
他の村よろしく家は密集して建っているのに神隠しにあったみたいに誰もいない。
見ると、そこここの家のドアに「売家」の張り紙。

この辺から気分が暗くなってきた。

なんだか今までになく淋しい村だわねぇ。
もう村はいいからパラッツォだけさっと見て帰りましょうよ。
門まで行き、パラッツォの建物を目の当たりにして呆然。ほぼ全ての窓ガラスが晴れだというのに閉まっていて、中には割れて窓自体が枠から落ちそうなものまである。
さらに近づいて内部を覗いてのけぞる。
ムニャーノから眺めた時に勇壮にそびえ建っていたパラッツォは近づいてみると朽ち果てた、まるでお化け屋敷だった。
その内部の散らかり具合からみて数年前までは人がいただろう形跡が認められた。
ふと外壁を見ると得体のしれないデカく黒い塊が窓枠のところにぶら下がっていてそこから不気味な「もぉぉぉ」っていう音がしていた。
蜂の巣だった。
しかも、それに群がってる気持ち悪いぐらいの蜂の数。
それ見て胃酸がこみ上げてくるぐらい気持ち悪くなってしまって、ジョに
「ごめ、もう帰りたい。ちょっと気分悪くなっちゃった。」ってお願いする。
「ちょっと中庭のほうも見てみたいなー」と言うジョに生まれて初めて「もう帰りたいのっ!YOU一人だけで行って。MEは車で待ってるからっ!」と必死で反論。とにかくこれ以上このパラッツォの深部には一歩も入り込みたくない気分だった。
勉強熱心なジョも今回ばかりはあたし顔面蒼白になって鬼気迫る感じにおされたのか、それとも自分でも気持ち悪いと思ったのか、すんなり下山。
映画ゾンビの主人公が街から逃げる時の気持ちがちょっとわかったような。
(村人の皆さんの名誉のために書いておくが、村に人がいなかったことが気持ち悪かったわけではありません。淋しいなぁ、と思ってたところにあのパラッツォを見たから気分が悪くなったのよ。)
強烈に何か飲みたかったので山のふもとにあったドイツの山小屋風レストランに入る。
そこのウェイトレスに「なんであんなふうになってしまったの?」とジョが聞いてみた。
彼女が語ってくれたGioveこの10年に辿った悲しい物語の概要はざっとこうである。

ローマとオルヴィエートの間にあって、高速道路の出口からさほど不便じゃないところにあるGioveはそれはそれは美しくて活気のある村だったけど、あおる不況の波で10年ほど前にあのパラッツォが売りに出された。
それを購入したのはアメリカ人のまぁまぁ名の知れたB級映画のプロデューサーだったという。
パラッツォの持ち主になった彼は当時は村の人を雇ってパラッツォを掃除や庭の手入れをさせたり、近くにバーやらレストランまでオープンするぐらい羽振りが良かったらしい。
最初の3年はフィウミチーノ空港からヘリで来て、パラッツォの中で映画(ポルノらしいが)を撮ってたほどのセレブぶりだったのに、4年目からまったく来なくなり、今ではその存在すらも確認できなくなった。
しかも雇っていた村人への給料も未払いのまんまトンズラしたというのだ。
その後、3年もかけずに幽霊屋敷になったパラッツォを誰も購入(地方自治体すらも)せず、村は衰退の一途を辿っているという。

資金難のために売りに出された村の象徴であるパラッツォ(☜クリック。その勇姿を見よ)が、そのドアホな持ち主の無責任さのために放置されて幽霊屋敷になってしまい、そして「最も美しい村協会」に選ばれたその村自体も衰退しかけている。
誰も手のつけ用がないというところに激しい憤りを感じる。
ローマはじめトスカーナや湖水地方などでは金持っている外国人たちが高級アパートやヴィラを買いあさっているという(ジョージやアンジェリーナ気取りで)。イタリアの街中を最近金持ちになったかなんか知らんがオッパイ半分出して歩いてるあの国のやつら(あいつらよっ)に乗っ取られたらどうしよう。
ニューマネーの人達が価値のある土地をセカンドハウスとして購入して、そこへは1年に1回しか来ず結局その街を殺してしまうっていうの、深刻な社会問題よね。

ジョーヴェに再び活気が戻らん事を心から祈りつつっ!!

そのレストランでプロセッコ飲んで、それから車でローマ方面に30分車で行ったところにスウェーデンのBちゃんの結婚式で初めてお会いした日本人女性のエーちゃんが住んでいる。
ジョーヴェのパラッツォでよっぽど動転していたのだろうか、それとも栄華を極めたパラッツォの元城主たちのたたりか、たしか「ローマ方面」って書かれていた標識を二人で確認して進入したはずなのに、向かってる先は反対側の「オルヴィエート」。
なんでぇ!?!?いきなりナビが「目的地まで30分」から「1時間10分」に変わった。
とことんついてない日なのだろうか。

そんなこんなでオルヴィエートまで行って、来た高速をえっちらおっちらもどりエーちゃんと音楽家のFさん夫婦の住んでいるOrte(オルテ)へ約100キロの道のり。
このオルテも他のヴィテルボ県の村と同じように山の上にあるのだけど、他のよりも規模が大きく、中腹にもふもとにも沢山の家やアパートが建っているので一つの大きい街にように見える。エーちゃんの家は旧市街、すなわち山の上の崖の切り立ったところにあるという。街の中腹にある駐車場まで迎えに来てくれてたエーちゃん夫妻と共にこれまた美しい街の観光を少しした後、その一風変わっているという家へ。
途中バールでFさんにクロディーノご馳走してもらったら気分がすごく良くなったw
なんと、そのエーちゃんの家、紀元前4世紀ころにエトルリア人によって人為的に作られた洞窟の上に建っているの。その洞窟、もとは鳩を餌付けするためのものだったというのよ。地下2層になっていて、その壁中に四角い穴が開いている。
日本にあったらきっと観光名所にされているだろうようなところに一般家屋がおすましして建っているってほんとイタリアってすごいわぁ。

約2500年ほど前に鳩が寝泊まりしてた壁
エーちゃんの家の屋上からの眺め 目障りなものが何もない

あぁ、あたしは以前Fさんの仕事でスウェーデンに住んでいたエーちゃんとスウェーデンの話で盛り上がりすぎて、写真撮るのもそこそこだったっていう。オルテの街中では一枚も撮ってない(涙)。また戻る理由ができた(がははは)。

6時ぐらいまでオルテにいた。
そこから今夜はAscoli Piceno(アスコリ・ピチェーノ)というマルケ州の街まで行くらしい。ナビに入れてみたら2時間半!
地図で見たところそんなに遠くでもなさそうなのに。
今日ジョは4時間近く運転していることになる。
あぁ、ほんとありがたいっ。







1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

「エーちゃん」です。今頃ですが…。
自分の町、近辺がなんだかこのブログの写真だと数倍美しく見える~(^^♪
オルテに戻ってこなきゃいけない理由ができたようなので、お待ちしております!
それにしても、ジョーヴェは、お城が捨てられたからというのもあるけれど、あの近辺の町と比べてそれほど美しい町とはいえないような気が…。
次はゆっくりあまり知られていない可愛い町々をご案内しますね!