2014年2月27日木曜日

Campiglia, La Spezia

ミラノに着いたその日にジョヴァンニが
「ジョルジョとイゴールがラ・スペツィアに小さい家を買ったから冷やかしに行こう!」と言う。
オッケー、と軽く返事したけどそれがミラノから高速ぶっ飛ばして2時間半のところにあることなんてつゆ知らず・・・。

途中アペニン山脈を抜ける時蛇行が延々と続いたアウトストラーダ15号線であたしゃジョヴァンニの車を寸でのところで汚しそうになったわよ。
冷やかすどころかこちらが冷たくなっちゃって・・・。
真っ青になって山岳地帯を抜けたら、そこは地中海の香りのするラ・スペツィアだった。
香りだけはあの地中海の独特なものだったんだけど、なんせ暗くてあまり景色が見えない。(あの匂いって気持ち悪いの吹っ飛ぶわよね)

彼らの家はラ・スペツィアから更に日光いろは坂みたいな道をグネグネ登った山の上、Campiglia(カンピーリア)というところにあるという。
地図確認☟





やっとこさ到着したその晩はジョルジョとイゴールの作ってくれた簡単なフライドアーティチョークとチーズのパスタ(こういう食べ方もあるのかーっ!とさっきまで気持ち悪かったことすっかり忘れーの)をいただいた瞬間崩れ落ちるように就寝。
なんでも一人暮らしのお年寄りが亡くなられた家をそのまま購入したらしく、テレビ、冷蔵庫、もちろんインターネットもまだなかった。っていうか、ガスと電気が通っててラッキーね、と言いたいぐらいの修復超必要な家だったの。

次の日、起きてみたら窓の外は2月とは思えないほどの溢れんばかりの陽光と地中海からのちょっと冷たいけど心地よい風で夢見てるみたいだったわ。
筆舌しがたいぐらい美しい。涙。
ほんとに昨日までスウェーデンにいたのかしら・・・。
欧州って狭いのねぇ。
っていうか、ジョヴァンニが運転してくれるから狭いのか・・・。




二月とは思えない暖かな陽気だったので、テーブルを外に出して朝食をした。


朝食をしてる間中、アボちゃんが餌のおねだりにくる。


こちらはボノちゃん。
この田舎のまるでおばあちゃんが住んでそうな家に自分の理想の片鱗みたいなもんを見いだしたような気がしたかもかも。
こういう陽光の降り注ぐ場所で人生のゴールを決めてみたい、とうっすら思ったりして。
いや、やっぱりいろは坂の上に住んで車での生活は年寄りには辛いだろうなーっ。

ちなみにジョルジョ&イゴールは二人とも30歳のカップル。
普段はミラノのオフィスで働いている。
この家はラ・スペツィアに住んでいるイゴールのご両親に近いという理由で購入したらしい。

・・・人生の計画ってやってる人たちは皆さんお若いうちから着実にしてるのねー、ということに感動してしまう今日この頃。
あたしみたいに40も過ぎて「将来はぁこんなところに住んでぇ♡そんでね、そんでね♡がはははは。」なんて言うてるだけじゃぁなんにも始まりませんね。そうですね。

〜〜〜〜〜(/ ̄▽)/ 〜ф" 

   "ф〜 \(▽ ̄\)〜〜〜〜〜


ミラノにいるときより幸せそうな二匹。

ちなみにこのカンピーリアから北にほどなく行くと、かの有名なチンクエテッレです。

2014年2月20日木曜日

Second year anniversary

スウェーデンに引っ越してきて2年が経ちました。
あ゛っ!という間だったわぁ。
充実していようが暇であろうが、時間は容赦なくジェット機のように過ぎていきますのよ、とくに四十路はっ ( ̄▽ ̄;)

このスウェーデン生活で新しい環境に慣れるのに2年を要することが良くわかりました。
最初の半年はもの珍しく、その後だんだん周りが見えてきてその理想と現実のギャップに落ち込み、3年目からその土地に合ってようがなかろうが体のほうは慣れ始めるという。
東京でもロンドンでも似たようなサイクルだったかも。
人間、慣れるのよ・・・。
慣れって、恐ろしいわよ・・・。
この国独特の文化や人々の行動パターンにもかなり慣れたという・・・。

最初は外食が高くあまりの味覚の違いにもビビって毎晩泣いていたけど(この理由でこの国を去る人はけっこう多い)、それがやがて毎日ほぼ自炊でもオッケーになって最近では自炊じゃないとイヤになってきた。
すごいわーっ(ちなみにレストランの数は多いのよ)。
お母さんっ、あたしを見てっ!こんなに千切りが上手っ。
タンタンタンタンタンタンタンっ♪ 

この度ビザも2018年まで更新して頂いて(涙)あと4年は確実におりますのでみなさまお誘い合わせの上♡
Ω\ζ゜)ちーん


とか言いながら最近は2ヶ月に1度のペースでイタリアにトンズラぶっこいてるあたしw
娑婆の空気(イタリアに悪いが)をこの頻度で吸わないとやはりやっていられない。
それもセットとして慣れたのだろう。ぐふふ。

教会で行われたレクチャー付きの写真展に行った。1時間のレクチャー中ジョーク一切なし。
坦々と喋って笑いもなく静かに終る。
まったくジョークを挟まずずーっと喋り続けて観客も無反応のごとく静かに聞くというこの国ならではの
文化にも慣れてきた。
最初はそれが一種奇怪な雰囲気すらして恐ろしくすらあったのに。
慣れってすごい。

2014年2月17日月曜日

ノソのクッキージャー

陶芸家のノソが作ってわざわざ送って下さったクッキージャーのこと皆様にお伝えするの、すっかり忘れてました。
手作りの暖かい感じがスウェーデンのシナモンクッキー入れるのにはピッタシっ。
大切に使わせていただきます♡

友達だから褒めてるわけじゃないのよぉぉっ。
あたしノソの作品、全部欲しいかも。金さえあればw
ここで宣伝しておけば、またなんか送ってくれるかしら。なぁんて♪
皆様も是非っ。
こちらにて☟
このジャーも買えば2500万円ぐらいだけど、このサイトだと結構お安くなってるみたい。がははは。し〜ん。
ちなみにこのジャーはサイトにはありません。あしからず。



2014年2月15日土曜日

Veronaで一瞬カトリックの巻



国立代々木体育館のアレーナ・ディ・ヴェローナ東京公演に行ったのは、もう23年前、1991年の話。
演目はプッチーニの「トゥーランドット」だった。
最近こればっかり言ってるけど、時の経つのってマジ早くね?!
たかが6年ほど前のことのような気がするわぁ。
トゥーランドット役がディミトローヴァで、カラフがニコラ・マルティヌッチだったことと会場に寿美花代さんと高嶋政宏さんがいらしたの、よく覚えています(あの頃この兄弟ってそれはそれは人気があったんだからっ!)
チケットは最低でもン万円のバブルの時代。でもその大掛かりなセットなわりにはなんだか間の抜けた感じのように思い出せるのは、その後ニューヨークで見る事になるメトロポリタンオペラのトゥーランドットの舞台があまりにもきらびやかで素晴らしかったからかしら。

それから23年たって(嗚咽)、やっと本物のアレーナ・ディ・ヴェローナを拝む事ができました。2000年前に作られたという世界でもっとも有名な野外劇場のひとつです。
前回イタリアに来た時に、ミラノからパドヴァに行く途中でヴェローナ駅に電車が停車してた時に「そういやヴェローナに来た事ないなぁ」なんてぼんやりと思ってたのに、まさかこんなに早く訪れることになるとは。

アディジェ川


そんな昔の思い出も加味されて、期待して行ったのにアレーナ自体はそ〜んなに感動しなかったわ。ごめんけど。行って良かったとは思うけどさぁ(上から目線)。
そりゃシチリアはタオルミーナ、地中海を望む「テアトロ・グレコ」のほうが感動するやんなぁ。
何度も書いちゃうけど、イタリアで「これは2000年前に造られた」とか「1150年に描かれた」とか「建てる際250人が死んだ」とかじゃぁ最近あんまりこころ動かされないのって、ホント良くないわよぉ。そのくせ東京の「昭和42年に建てられたヴィンテージマンション」にはちょっと感動してしまうという。なんなの、これ?




それよりも、感動したのはこのヴェローナの街の美しさによ。
パドヴァもそうだったけど、街自体になんとも言えぬ落ち着いた品格と理性みたいなものがあるのよ。
これってヴェネト州の街独特の空気感なのかしら。
ミラノ—コモが港区なら、パドヴァ—ヴェローナって文京区みたいな。
いやだ、エエ例えするやんww

San Zeno di Maggiore教会 すっかり夜よ


みなさん、ヴェローナのアレーナ見た後はふつー「ジュリエットの家」に行かへん?
今回偏屈ジョヴァンニと一緒だったから「そんな観光客でごった返してるところには折角スウェーデンから来てくれてる君を連れていくなんて失礼」とかなんとか、ほんとは自分が行きたくないのを良い具合に言いくるめられて、行かへんかったの。
その代わりに街を隅々まで歩き回らせられました。
それを3時間ぐらいして腹も減って足も痛くて「ジュリエットの家」もどうでもよくなって死にそうになってる時に
「Alora、帰るまえに『Basilica di San Zeno Maggiore』(サンゼーノマッジョーレ教会)のマンテーニャの祭壇は絶対に見ておくべき」とか言われて川べりから1キロぐらいさらに歩かされたのは良い思い出 (`´メ)
マンテーニャがあろうがジョージ・クルーニーおろうがもう倒れそう・・・。
と、這々の体でそのサンゼーノ教会に着いてみたらなんと今まさにゲートが閉まった時だった。ラッキーっ!神様ゲート閉めてくださってありがとうっ!
マンテーニャ、しゃらばーいっ!( ^_^)/~~~バイバーイ!
ほんと残念だわぁ♡あぁ残念。今日はついてなかったわよねぇ、さぁ、ピッツァ、ピッツァ行きましょうっ!
というあたしにジョヴァンニが

「ちょっと待って。あそこに今から入ろうとしてるプーリアのカソリック教会の団体さんがいるだろう。あれに紛れこもう!」なんてとんでもないことぬかしやがる。
厚かましくも後ろからとぼとぼその30人ぐらいの団体に付いて行ったら案の定目の前のおばはんから「あなたたちは誰ですか?」と聞かれた。
そしたらジョがあたしを指して「この人折角遠い日本から来たのに教会に入ろうとしたら閉まってしまって。どうしてもマンテーニャが見たいそうなんです。見たいよね、よね?一緒に良いでしょうか?」などと信じられないこと言っている。とっさに嘘をついて教会に潜り込む・・・ロバート・ラングドン教授かっ!
そしたらそのおばはんが「申し訳ないけどうちの団体じゃない人達はダメですっ!」と冷たく言いはなつ。

その対応に空腹も忘れ少し激しく反応してしまうあたし。

「あなたたちカソリックの方達って隣人を愛してくださる方達だと思ってたのに。ホモだけじゃなくいたいけな日本人や白髪の老人(☜ジョヴァンニ)も排除するのね。あたしたちを入れることによって何か災いでも生じるのかしら?」と、言わないまでもwwそういう目でギロリと見てたら(爆)後ろにいた話の判りそうな神父様が「よかろう」ってな具合で入れて下さった。
かくして、そこにいる全員から睨まれながらその有名なマンテーニャの祭壇を見ることができた。

マンテーニャの祭壇 団体さんに紛れて説明を聞くあたしたち(イタ語なので意味不)

ちなみにその団体のみなさん、その教会の中に多数ある聖人の像の前に来るといちいちしゃがんで十字を切るのよ。
1人だけ十字を切ってないとギロリと睨まれるから(なんやねん)慣れない十字切っちゃったわ。しかも40回ぐらいトゥギャって(実家寺なのに)。
もう途中でなにがなんだかわからなくなっちゃって△になったり卍になっちゃって神さん聖人さん、ごめんねーっ。

あぁ、マンテーニャ。美しかった・・・んだけど、やっぱり空腹にはかなわない。
フランダースの犬の主人公ネッロみたいに絵の前で微笑みたたえながら死ななくて良かった、ほんま。



その後、虫の息で街中にある量り売りのピザ屋(有名らしい)に入った。
そのピザが今回の旅で一番美味かった食事だったことは言うまでもない。
食べ終わった後、そこに泊まっていきたかった。

ヴェローナ、是非♡

2014年2月11日火曜日

Mercury Retrograde




「水星の逆行」Mercury Retrogradeをご存知だろうか。
地球より早く動く水星が地球を追い越し、ターンしたあと地球から見ると逆行しているように見えるという、年に数回起こる現象です。
ニューヨーク時代占星術などまるで興味ないような友人Yちゃんが口を酸っぱくして
「占いは信じないんだけどマーキュリーレトログレードの時だけは気をつけてるのよ。人との関係に誤解が生じたり、いろいろ壊れたりするのよ。」と言っていたのを思い出す。

過去この時期に確かにいろんな珍妙なことが起こったので完全無視はしてなかったんだけど、あまり気にも留めずにやってきたの。
が、ここに来て奇妙な物忘れやら行き違いが一時に数えられないぐらい起こった。

あたしのピアノの先生が「アジアツアーに行く前に生徒達の前で試弾したいので、他の生徒たちにも会う良い機会だから是非いらっしゃいね。ディナーも用意して待ってるから。」と言われて、本当に心待ちにしていたのに、魔が差したというかなんというか行ってみたら「昨日すでに終ってた」という状態。ほんとは土曜だったのに日曜だとすっかり勘違いしていたのだった。
とぼとぼ惨めな気持ちで自転車漕いで帰って来たらうちのおさーんが「マッツ(友人)が昨日から行くはずだったスペイン旅行のことすっかり忘れてたって。」という。

カレンダーを見るまでもなく、マーキュリーが逆行しているんだな、と思ったら案の定そうだった。




次の日、うちから10分のところにある移民局にビザの書き換えのため出向いたら
「まさに今日から違う場所に移民局が移転した」と言われ(聞いてへんし)、
おさーんの自転車のライトがこないだ電池換えたばっかなのに使えなくなって、
来るはずだった掃除婦のおばさんはすっかり忘れてたといい、
小包を郵便局に取りに行ったらまだ郵便局に戻ってきておらず、
母とは全然会話が通じないし、
生徒達の親は3組中2組が月謝払わずに帰り、
インターネットは止りまくり、
もうてんこ盛りだわよ、ほんと。

説によると悪いことばかりではなく、昔の友人に会って誤解を解いたりするにはいい時期なんですって。
さらには、知らない人が持ってきた仕事は受けたらだめだけど、以前信頼関係を築いたことのある人からのオファーは絶対に受けるべきなんだそう。

今回は2月28日まで・・・みなさまもお気をつけ♡
いつもより集中して過ごすか、まったく何もしないのが良いんですって。

パラレルワールドに入り込んだようなボーッとした毎日なのよ
追記:このブログをアップしようとしたらいきなりまたネットが使えなくなった。
なんなの、ほんと。10分待ってやっとできるように。

2014年2月7日金曜日

あぁもう2月(汗)


イタリアのこと、書かにゃならんと思っているうちに、あーた、もうフェブラリーじゃん。時の経つことの早い事、マジで恐ろしい。
エキサイティングじゃないところに住んでようがなかろうが時は容赦なくジェット機の如く過ぎて行くんですね。そうですねw
もういっそのこと、窓辺のクリスマスのお飾りもこのまんまにしといたろか、と思う今日この頃です(どーせこの調子じゃ12月なんてすぐだろうし)。



で、先月イタリアからまた興奮して帰って来て、それが覚めやらないうちにブログ書こうと思ってたのに、興奮に浸ってたら2週間も経っちゃって、んで冷めちゃった 
Ω\ζ゜)ちーん
けど、思い出しながらシコシコ書いてみます。

と、脳の海馬から記憶をほじくってたらまた興奮しちゃった。便利。がはは。

まずアリゾナに住んでるジョンとミラノのジョヴァンニと最初の二日行動して、コモに行った。
コモ湖には何度か(何度も、おほーほーほー)行った事あったけど、このコモ湖の左足の先端の「コモ市」と、お股の部分にあたるベラージョ(Bellagio)は未踏だったの。

で、そのコモの街だけど、思ってたよりもデカい街だった。
しかも歩ける部分にはお店がひしめき合っていて、買物するにはすごい便利。
近年お金をガッポリ儲けた国の人達と死闘を繰りひろげながらの買物in Milanoがイヤな人は是非このコモお薦めするわ。
コモだけじゃなくて、前回行ったパドヴァやこのコモの後に行ったヴェローナのような中都市のほうが買物する場所がまとまってて、商品も残ってて大都市よりは買い易いと思う。



で、ここでホンマはコモの歴史や産業に触れるのが旅ブログってもんだろう、っていうのは重々承知なんだけどw
ジョンジョヴァに集中し過ぎて、歴史勉強せず。
っていうか、ぶっちゃけこの半年イタリアにまとめて行き過ぎてその有り難みがなくなってきたのかなんか知らんけど、ちょっとやそっとの建造物や絵画じゃぁ感動しないっていうのって悲しくね?
真面目な話、教会を何百個と見てると自分のベースがキリスト教ではないことを益々思い知らされるような淋しい感じあるわ。クリスチャンじゃないことが淋しいのではなくて、外見の美しさや知識をもってしかわからない淋しさっていうか。梅ぼしの写真みたら自然とその味が想像できてつばが出てくるみたいなようには理解できない感じよ。
こないだ行ったパドヴァで「聖アントニオの下あごの骨」見ても、他の信心深いかたのように深い所で呼応できないものあるかも。しょうがないけど。
でも最近はそのなぜ呼応できないのかという部分に逆に興味あるわ。
あたしったら一体何をベースとして生きてるのかしら・・・。

なんて、車中でちょっと眉間にしわ寄せて考えてるとすっかり夜に。
車はベラッジョに着いていた。
ちなみにコモからベラッジョまで地図では距離的には近いのに、なんと一本の道を行くしかないのよ。曲がりくねった2車線だか1車線だかわかんないその道をトロトロ運転で1時間ぐらいかかんのよ。
Bellagioに行かずにコモを語るなかれらしいけど暗闇で何も見れなかった。ちなみに街(村)だけ見てる限りだと他の街ともさして変わりない感じなので、是非晴天の暖かい時にまた来てみたいわ。

コモ湖のお股の部分はもう一度仕切りなおさせてww

コモの街角で